大相撲

太刀山峯右エ門:明治・大正期に活躍した第22代横綱

太刀山峯右エ門:明治・大正期に活躍した第22代横綱
明治・大正期に圧倒的な強さを誇り、第22代横綱に登り詰めた大相撲力士・太刀山峯右エ門の生涯、圧倒的な突っ張り、歴史的記録について解説します。

📌 主なポイント

  • 第22代横綱として明治から大正期の大相撲で圧倒的な強さを発揮した。
  • 得意技の猛烈な突っ張りは「四十五日の鉄砲」と呼ばれ恐れられた。
  • 幕内優勝9回を記録し、現役時代に金星を一度も配給したことがない。

太刀山 峯右エ門(たちやま みねえもん、1877年8月15日 - 1941年4月3日)は、現在の富山県富山市出身で友綱部屋に所属した大相撲力士。第22代横綱。本名は老本 弥次郎。

生涯と背景

1877年に農業や製茶業を営む家庭の次男として生まれた。幼少期から実家の茶葉の手揉みを手伝っていたことで怪力がつき、兵役検査での優秀な成績が評判となって友綱親方の目に留まった。当初は相撲に興味がなかったものの、周囲の説得を経て1900年5月場所に幕下付け出しで初土俵を踏んだ。

土俵上の特徴と実績

下半身の硬さから四つ相撲ではなく徹底して突き押しを磨き上げ、その猛烈な双手突きは「四十五日の鉄砲」と恐れられた。横綱昇進後は圧倒的な勝率を誇り、幕内優勝9回(優勝相当成績2回)を記録した。歴代横綱の中でも金星を一度も配給しなかったことでも知られている。

引退後

引退後は年寄・東関を襲名したものの、相撲界を離れて1919年に廃業した。晩年は趣味の日本画、特に富士山の絵を描いて過ごし、1937年には還暦土俵入りを披露した。1941年4月3日に63歳で死去した。

よくある質問

太刀山峯右エ門の最高位はどこですか?
最高位は第22代横綱です。
太刀山峯右エ門の出身地はどこですか?
現在の富山県富山市(出生時は石川県婦負郡吉作村)出身です。
どのような取り口で知られていますか?
徹底した突っ張りや「呼び戻し」などの力強い技で知られ、「四十五日の鉄砲」と称されました。

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参考文献

  • 産経新聞 『【大相撲豪傑列伝】(8)20世紀最強の人類 太刀山峰右衛門』 2008年11月15日。
  • 富山県 『太刀山峰右衛門』。