日本の廃止市町村
大正村 (北海道河西郡)
北海道河西郡に存在した大正村の歴史、地理、および帯広市への編入に至る経緯を解説します。
📌 主なポイント
- ✓1915年4月1日に上帯広村、幸震村、売買村の合併により成立した。
- ✓1957年に帯広市へ編入され、自治体として廃止された。
- ✓1955年に生産された紅金時豆が「大正金時」として銘柄認定を受けた。
大正村(たいしょうむら)は、かつて北海道河西郡に存在した村である。現在の帯広市南東部に位置し、十勝平野の南寄りに広がっていた。1957年(昭和32年)に帯広市へ編入され、地方自治体としての歴史を閉じた。
歴史
1902年(明治35年)、二級町村制の施行により、上帯広村、幸震村、売買村の3村が成立した。その後、1915年(大正4年)4月1日にこれら3村が合併し、大正村が発足した。村名は成立当時の元号に由来する。
1920年(大正9年)には日本甜菜製糖の帯広工場および直営農場が開設され、地域の農業発展に寄与した。1924年(大正13年)には上帯広村の全域と売買村の一部が川西村として分村した。その後も1926年の幕別村からの編入や、1947年の分村(中札内村、更別村の成立)など、度重なる行政区画の変更を経て、最終的に1957年(昭和32年)に川西村とともに帯広市へ編入された。
地理と地名
大正村の区域には、札内川、戸蔦別川、途別川が流れている。発足当初の村域は現在の帯広市南部から中札内村、更別村にかけての広範囲に及んでいた。
地名の変遷については複雑な経緯がある。特に「鵺抜村」や「迫別村」といった大字は、独立した村であった時代から領域が不明瞭な部分があり、後の行政区画整理において売買村の一部として統合された。これらの地名については、歴史的資料に基づき研究が行われている。
交通
村内には日本国有鉄道(国鉄)広尾線が通り、以下の駅が設置されていた。村の廃止時点では、北愛国駅、愛国駅、大正駅、幸福駅が利用可能であった。
産業と文化
大正村の農業は十勝平野の肥沃な土地を活かして発展した。1955年(昭和30年)には、農林省により本村で生産された紅金時豆が「大正金時」として銘柄認定を受け、全国的に知られる特産品となった。
よくある質問
大正村は現在どの自治体に含まれていますか?
現在の北海道帯広市の一部となっています。
大正村の名称の由来は何ですか?
村が成立した当時の元号である「大正」に由来しています。
大正村で有名な農産物はありますか?
1955年に銘柄認定を受けた「大正金時」が有名です。
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参考文献
- 『川西村史』帯広市、1964年。
- 早田国光「まぼろしの村 迫別(せまりべつ)と鵺抜(ぬえぬんけ)」『アイヌ語地名研究』第19号、2016年。
- 『北海道市町村行政区劃 昭和12年4月現在』北海道庁、1937年。