日本の政治家

竹内藤男

竹内藤男(1917-2004)は、日本の元官僚、政治家。参議院議員を経て、茨城県知事を5期務め、筑波研究学園都市の誘致やつくば市の誕生に尽力した。

📌 主なポイント

  • 1917年、日本統治下朝鮮の京城府生まれ。
  • 1975年から1993年まで茨城県知事を5期務めた。
  • 筑波研究学園都市の誘致や、つくば市の市名決定に深く関与した。
  • 1993年にゼネコン汚職事件で逮捕され、知事を辞職した。

竹内藤男(たけうち ふじお、1917年11月30日 - 2004年9月7日)は、日本の元官僚、政治家。建設省の官僚を経て参議院議員を1期務めた後、茨城県知事に当選し、5期にわたり県政を主導した。

経歴

日本統治下朝鮮の京城府(現・大韓民国ソウル特別市)に生まれ、茨城県鉾田市で育った。旧制鉾田中学校、旧制水戸高等学校を経て、東京帝国大学法学部を卒業。1942年に内務省へ入省し、戦後は建設省に勤務。都市局長などの要職を歴任した。

1971年の第9回参議院議員通常選挙に茨城地方区から立候補し、初当選。1975年には茨城県知事選挙に出馬し、当選を果たした。以後、1993年まで5期連続で知事を務めた。

茨城県政における業績

知事在任中は、筑波研究学園都市の誘致や筑波科学万博の開催、常磐自動車道の建設など、大規模なプロジェクトを推進した。また、1987年のつくば市誕生に際しては、市名の名付け親の一人としてその成立に深く関与した。

文化振興にも意欲的であり、近代美術館や自然博物館などの整備計画を立案した。これらの計画の一部は、後任の橋本昌知事らによって引き継がれ、1990年代後半にかけて実現に至った。

ゼネコン汚職事件と晩年

1993年7月、ゼネコン4社から計9500万円の賄賂を受け取った収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。これを受けて同年8月11日に茨城県知事を辞職した。裁判が続く中、2003年には病気により公判手続きが停止された。2004年6月に緊急入院し、同年9月7日に肺癌のため死去した。享年86。

よくある質問

竹内藤男はどのような経歴の持ち主ですか?
内務省・建設省の官僚を経て参議院議員となり、その後茨城県知事を5期務めた政治家です。
つくば市の誕生とどのような関係がありますか?
茨城県知事として筑波研究学園都市の誘致を推進し、1987年のつくば市誕生時には市名の命名に関与するなど、その成立に尽力しました。
知事を辞職した理由は?
1993年にゼネコン汚職事件に関与したとして収賄容疑で逮捕されたため、同年8月に辞職しました。

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参考文献

  • 『茨城歴史人物小事典』茨城新聞社、2017年、286頁。
  • 筑波研究学園都市関係町村合併の記録編集委員会『つくば市誕生の記録』つくば市、1989年。
  • 毎日新聞水戸支局 編著『検証・つくば合併』筑波書林、1989年。