日本の元号

天応 (元号)

日本の元号である「天応」について、781年から782年までの歴史的背景、改元の経緯、光仁天皇から桓武天皇への皇位継承などの主要な出来事を解説します。

📌 主なポイント

  • 天応は781年から782年まで使用された日本の元号である。
  • 宝亀12年1月1日に改元されたが、これは日本史上唯一の元日改元である。
  • 天応元年には光仁天皇から桓武天皇への譲位と即位が行われた。

天応(てんおう)は、日本の元号の一つ。宝亀の後、延暦の前にあたり、西暦では781年から782年に相当する。この時期は、光仁天皇から桓武天皇への皇位継承が行われた激動の時代であった。

改元

宝亀12年1月1日(ユリウス暦781年1月30日)、伊勢斎宮に現れた瑞祥とされる「美雲」を理由に改元が行われ、天応と定められた。元日の改元は、日本史上この天応のみであるとされる。その後、天応2年8月19日(ユリウス暦782年9月30日)に延暦へと改元された。

天応年間の主な出来事

天応年間には、朝廷における重要な政治的・儀礼的出来事が集中した。

  • 皇位継承:天応元年4月3日、光仁天皇が退位し、山部親王が践祚して桓武天皇となった。同年4月15日には即位礼が執り行われた。
  • 光仁上皇の崩御:同年12月23日、光仁上皇が崩御した。
  • 政治・外交:中宮職が設置されたほか、遣唐使の布勢清直らが帰国した。また、持節征東大使の藤原小黒麻呂が蝦夷征討を終えて帰京している。

西暦との対照表

天応年間の西暦対照は以下の通りである。

天応元年(辛酉)一月※二月三月※四月五月※六月七月※八月※九月十月※十一月十二月※
ユリウス暦781/1/302/283/304/285/286/267/268/249/2210/2211/2012/20
天応二年(壬戌)一月閏一月二月※三月四月五月※六月七月※八月※九月十月※十一月十二月※
ユリウス暦782/1/182/173/194/175/176/167/158/149/1210/1111/1012/9783/1/8

※は小の月を示す。

よくある質問

天応の元号はいつからいつまでですか?
西暦781年から782年まで使用されました。
天応への改元にはどのような特徴がありますか?
宝亀12年1月1日に行われた元日改元であり、これは日本史上唯一の事例です。

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参考文献

  • 佐々木恵介『平安京の時代』吉川弘文館
  • 日本史年表(各版)