日本の元号
天永:平安時代の日本の元号
天永(てんえい)は、1110年から1113年まで続いた日本の元号です。鳥羽天皇の治世下における改元の経緯や当時の出来事について解説します。
📌 主なポイント
- ✓天永は1110年から1113年まで使用された日本の元号である。
- ✓元号の由来は『尚書』の一節に基づき、大江匡房が勘申した。
- ✓天永3年(1112年)に伊豆七島で噴火が発生した記録が残っている。
天永(てんえい)は、日本の元号の一つ。天仁の後、永久の前にあたり、1110年から1113年までの期間を指す。この時代の天皇は鳥羽天皇である。
改元
天仁3年7月13日(ユリウス暦1110年7月31日)、彗星の出現を機に改元が行われた。その後、天永4年7月13日(ユリウス暦1113年8月25日)に永久へと改元された。
元号の由来は、大宰権帥であった大江匡房の勘申によるもので、『尚書』の一節「欲王以小民受天永命」から採られたとされる。
天永期の出来事
天永3年(1112年)には、伊豆七島で火山活動が発生した。記録によれば、同年10月20日(ユリウス暦1112年11月11日)および同年11月2日(ユリウス暦1112年11月22日)に噴火が確認されている。
よくある質問
天永の期間はいつからいつまでですか?
1110年から1113年までです。
天永の元号は誰の勘申によるものですか?
大宰権帥を務めた大江匡房によるものです。
天永の由来となった文献は何ですか?
中国の古典である『尚書』から採られています。
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参考文献
- 天永三年(1112)伊豆七島の噴火 - 静岡大学小山真人研究室