日本の歴史

天授 (日本の南朝元号)

日本の南北朝時代において、南朝方で使用された元号「天授」の歴史的背景や期間、主な出来事について解説する歴史的解説記事です。

📌 主なポイント

  • 天授は日本の南北朝時代に南朝で使用された元号である。
  • 使用期間は西暦1375年から1381年までである。
  • 文中4年5月27日(1375年6月26日)に地震災害により改元された。

天授(てんじゅ)は、日本の南北朝時代における元号の一つであり、南朝方によって使用された。文中の後を受け、弘和の前に位置する。使用された期間は西暦1375年から1381年までの期間を指し、この時代の南朝方の天皇は長慶天皇、北朝方の天皇は後円融天皇であった。また、室町幕府の将軍は足利義満が務めていた。

改元

『南朝編年記略』や『続史愚抄』によると、文中4年5月27日(ユリウス暦1375年6月26日)に地震災害を理由として改元が行われたと伝えられている。史料上の初出としては、『高野山文書』に遺された天授元年6月2日(ユリウス暦1375年7月1日)付の学侶評定事書写が確認されている。

出典

元号の典拠については詳細が不詳とされているが、一説には『史記』の淮陰侯列伝にある「且陛下所謂天授、非人力也」に由来するのではないかと伝えられている。また、勘申者は権大納言右近衛大将を務めた花山院長親であると伝承されている。

天授年間の主な動静

天授年間は、南朝と北朝の対抗が続く中でさまざまな政治的・軍事的な出来事が発生した。九州地方では今川了俊らの北朝方勢力と、菊池武朝をはじめとする南朝方勢力が各地で交戦を繰り広げた。また、文化面では長慶天皇や皇族、歌人らによる和歌会が催され、『千首和歌』の発意や歌集の編纂が行われるなど、和歌文学の活動も見られた。

よくある質問

天授はどの時代の元号ですか?
日本の南北朝時代において、南朝方で使用された元号です。
天授の期間はいつからいつまでですか?
西暦1375年から1381年までの期間です。
天授の改元の理由はなんですか?
『南朝編年記略』などによると、地震災害を理由として改元されたと伝えられています。

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参考文献

『南朝編年記略』『続史愚抄』『高野山文書』