日本の元号
天明(日本の元号)
日本歴史上の元号の一つである「天明」について解説。1781年から1789年までの期間を指し、光格天皇の時代にあたります。
📌 主なポイント
- ✓天明は日本の元号の一つで、1781年から1789年までの期間を指す。
- ✓元号の由来は『尚書』の「顧諟天之明命」に求められる。
- ✓天明年中には天明の大飢饉や浅間山の大噴火など、大きな自然災害と社会動乱が発生した。
天明(てんめい、旧字体: 天明󠄁)は、日本の元号の一つである。安永の後、寛政の前であり、1781年から1789年までの期間を指す。この時代の天皇は光格天皇であり、江戸幕府の将軍は徳川家治および徳川家斉であった。
改元
安永10年4月2日(グレゴリオ暦1781年4月25日)、光格天皇の即位に伴う代始改元として天明に改元された。天明9年1月25日(グレゴリオ暦1789年2月19日)に寛政へ改元されている。朝廷が提示した7つの案の中から「天明」が強く推され、幕府が新元号および改元日に異論なしと回答したことにより、円滑に改元が実施された。
出典
元号の出典は『尚書』の「顧諟天之明命」(諟(この)天の明命を顧みる)に基づく。
天明年間の主な出来事
天明年間には、全国的な災害や社会的な大事件が相次いで発生した。主な動向は以下の通りである。
- 天明の大飢饉(1782年〜1788年): 全国的な冷夏や火山噴火の影響により、甚大な被害をもたらした大飢饉。
- 浅間山の天明大噴火(1783年7月6日): 浅間山が大噴火を起こし、約2万人の死者を出すなど、天明の大飢饉をさらに深刻化させた。
- 金印の発見(1784年2月23日): 筑前国志賀島にて金印が発見された。
- 田沼意知の暗殺(1784年4月): 田沼意知が江戸城内で佐野政言に殺害された。
- 蝦夷地開拓の開始(1784年): 蝦夷地の開拓事業が開始され、後に最上徳内による千島探検などが行われた。
- 天明の洪水と田沼意次の失脚(1786年): 洪水が発生し、同年8月に田沼意次が失脚した。また、江戸幕府第10代将軍の徳川家治が死去している。
- 打ちこわしと寛政の改革(1787年): 徳川家斉の将軍就任や、江戸・大坂での天明の打ちこわしが発生。同年6月には松平定信が老中に就任し、寛政の改革を主導した。
- 京都大火(1788年): 京都の大半が焼失し皇居が炎上する大火が発生した。
よくある質問
天明の期間はいつからいつまでですか?
1781年(安永10年)4月25日から1789年(天明9年)2月19日までの期間です。
天明の元号の由来は何ですか?
中国の古典である『尚書』の「顧諟天之明命」に由来しています。
天明年間にはどのような重大な災害がありましたか?
1782年から1788年にかけて天明の大飢饉が発生したほか、1783年には浅間山の大噴火により甚大な被害が出ました。
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参考文献
- 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P263-264