日本の元号

天平宝字

天平宝字(てんぴょうほうじ)は、日本の奈良時代の元号の一つ。757年から765年までの期間を指し、孝謙天皇、淳仁天皇、称徳天皇の治世と重なる。

📌 主なポイント

  • 天平宝字は757年から765年まで使用された日本の元号である。
  • この期間には孝謙天皇、淳仁天皇、称徳天皇の3代(2人)が在位した。
  • 764年に発生した藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)がこの時代の政治的転換点となった。

天平宝字(てんぴょうほうじ)は、日本の元号の一つ。天平勝宝の後、天平神護の前にあたり、西暦757年から765年までの期間を指す。この時代は、孝謙天皇、淳仁天皇、および称徳天皇(孝謙天皇の重祚)の治世と重なる。

改元

天平勝宝9年8月18日(ユリウス暦757年9月6日)、蚕が「五月八日開下帝釋標知天皇命百年息」という文字を成したという瑞兆に基づき、天平宝字へと改元された。その後、天平宝字9年1月7日(ユリウス暦765年2月1日)に天平神護へと改元された。

主な出来事

天平宝字年間は、政治的な動乱が相次いだ時期として知られる。

  • 757年(元年):藤原仲麻呂が紫微内相に任じられる。養老令が施行された。また、仲麻呂の殺害を謀った計画が発覚し、多数の処刑者が出た。
  • 758年(2年):孝謙天皇が淳仁天皇に譲位。
  • 760年(4年):万年通宝、大平元宝、開基勝宝といった新銭が鋳造された。
  • 763年(7年)鑑真が死去。
  • 764年(8年):儀鳳暦から大衍暦へ改暦。同年9月、藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)が発生。10月には孝謙上皇が淳仁天皇を廃して淡路へ配流し、自ら称徳天皇として重祚した。

よくある質問

天平宝字はいつからいつまでですか?
西暦757年から765年までの期間です。
天平宝字の期間に在位した天皇は誰ですか?
孝謙天皇、淳仁天皇、および称徳天皇(孝謙天皇の重祚)です。
天平宝字の期間に起きた大きな政治的事件は何ですか?
764年に発生した藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)が最も大きな事件です。

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参考文献

  • 日本歴史大辞典編集委員会編『日本歴史大辞典』
  • 『続日本紀』