日本の元号

天和 (日本)

天和(てんわ)は、江戸時代の日本の元号の一つ。1681年から1684年まで使用された。霊元天皇の代、徳川綱吉が将軍を務めた時代の元号について解説する。

📌 主なポイント

  • 天和は1681年から1684年まで使用された日本の元号である。
  • 辛酉革命に基づき、180年ぶりに改元が行われた。
  • 天和2年に江戸で大規模な火災(天和の大火)が発生した。

天和(てんわ)は、日本の元号の一つ。延宝の後、貞享の前にあたり、1681年から1684年までの期間を指す。この時代の天皇は霊元天皇、江戸幕府将軍は徳川綱吉であった。

改元

延宝9年9月29日(グレゴリオ暦1681年11月9日)、讖緯説に基づく辛酉革命に該当するため改元が行われた。辛酉革命による改元は、永禄4年(1561年)や元和7年(1621年)には実施されておらず、約180年ぶりの実施となった。改元にあたっては、霊元天皇と左大臣近衛基煕が最初に提示された案に不満を示して差し戻すなどの経緯があり、一時は中止の噂も流れたが、最終的に幕府の了承を得て実施された。

その後、天和4年2月21日(グレゴリオ暦1684年4月5日)に貞享へ改元された。

出典

元号の由来は、『尚書』の「奉答天命、和恒四方民居師」、『前漢書』の「嘉承天和伊楽厥福」、『後漢書』の「天人協和、万国咸寧」や「天和於上、地洽於下」、『荘子』の「与人和者謂之人楽、与天和者謂之天楽」など、複数の古典に求められる。

天和年間の主な出来事

  • 天和の大火:天和2年12月28日(1683年1月25日)に江戸で発生した大規模な火災。八百屋お七の放火事件と関連付けられることが多い。
  • おさん茂兵衛事件:天和3年9月22日(1683年11月10日)、京都で姦通罪により処刑された男女の事件。後に井原西鶴の『好色五人女』や近松門左衛門の『大経師昔暦』の題材となった。

主な人物の動静

誕生

  • 絵島(江戸城大奥御年寄)
  • 安藤東野(儒学者)
  • 服部南郭(儒学者・漢詩人・画家)
  • 稲生正武(江戸幕府町奉行・大目付)

死去

  • 鉄眼道光(黄檗宗の僧)
  • 西山宗因(俳人・連歌師)
  • 朱舜水(儒学者)
  • 池田光政(備前岡山藩初代藩主)
  • 山崎闇斎(儒学者・神道家)
  • 徳川徳松(徳川綱吉の世嗣)
  • 松平忠輝(徳川家康の子)

よくある質問

天和の元号はいつからいつまでですか?
1681年(延宝9年)から1684年(天和4年)まで使用されました。
天和への改元の理由は?
讖緯説に基づく辛酉革命に該当したためです。
天和の時代に活躍した将軍は誰ですか?
江戸幕府第5代将軍、徳川綱吉です。

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参考文献

久保貴子『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年)ISBN 4-87294-115-2