建築物
東京海上日動ビルディングの歴史と建築

東京都千代田区丸の内に位置した東京海上日動ビルディングの歴史、旧館・新館の変遷、および建て替えに至る経緯を解説します。
📌 主なポイント
- ✓初代東京海上ビルディングは1918年に竣工し、日本で初めて「ビルディング」の名称が使われた。
- ✓1974年竣工の本館は前川國男が設計を担当した。
- ✓1960年代後半、皇居周辺の景観をめぐり、高層ビル建設に対する大規模な美観論争が発生した。
- ✓2022年10月より、老朽化に伴う一体的な解体工事が開始された。
東京海上日動ビルディングは、東京都千代田区丸の内一丁目に所在したオフィスビル群です。東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)の本店として長年使用されてきました。本館と新館で構成され、日本の近代建築史において重要な役割を果たした建物です。
東京海上ビルディングの起源
1918年(大正7年)に竣工した初代「東京海上ビルディング」は、日本で初めて「ビルディング」という名称を冠した建物として知られています。設計は曽禰中條建築事務所が担当しました。その後、1930年(昭和5年)には隣接地に「東京海上ビルディング新館」が完成しました。これらの建物は、戦時中の空襲による一部損傷や、戦後の占領軍による接収を経て、長らく丸の内のランドマークとして機能しました。
美観論争と本館の建設
1970年代に入り、老朽化した旧館の建て替え計画が浮上しました。前川國男の設計による当初のツインタワー案は、皇居周辺の景観を損なうとして大きな社会論争を巻き起こしました。いわゆる「美観論争」です。この対立を経て、最終的に計画は修正され、1974年(昭和49年)に地上25階建ての「東京海上ビルディング本館」が竣工しました。その後、1986年(昭和61年)には新館も建て替えられ、現在の姿となりました。
建て替えと現在
2004年の合併に伴い「東京海上日動ビルディング」へと改称されましたが、建物の老朽化に伴い、本館・新館ともに一体的な建て替えが決定しました。2022年(令和4年)10月より解体工事が開始され、新たな社屋の建設が進められています。新社屋は木造ハイブリッド構造を採用し、レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップと三菱地所設計がデザインを担当しています。
よくある質問
東京海上日動ビルディングは現在も存在しますか?
いいえ、老朽化に伴う建て替えのため、2022年10月から解体工事が行われています。
美観論争とはどのようなものですか?
1960年代後半、皇居の近くに超高層ビルを建設する計画に対し、景観や高さ制限をめぐって推進側と反対側が対立した社会的な論争です。
新しい社屋はどのような特徴がありますか?
世界最大規模の木材を使用した木造ハイブリッド構造を計画しており、レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップと三菱地所設計が設計を担当しています。
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参考文献
- 『東京海上火災保険株式会社百年史』
- 『建築雑誌 建築年報 1968年』
- 日本経済新聞「東京海上、本店ビル建て替え 老朽化で2023年度から」(2021年4月4日)