日本の歴史
明治初期における東京行幸の歴史的背景と展開

明治元年および明治2年に実施された明治天皇の東京行幸の歴史的経緯、行幸の目的、民衆への影響を詳述する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓東京行幸は明治元年と明治2年の二度にわたって実施された。
- ✓一度目の行幸では、江戸の民衆に対する懐柔策として酒や瓶子が配布された。
- ✓二度目の行幸では太政官も東京へ移され、東京が事実上の首都機能を持つこととなった。
東京行幸(とうきょうぎょうこう)は、明治元年(1868年)と明治2年(1869年)に行われた、明治天皇による京都から東京への行幸である。東幸(とうこう)とも称される。
歴史的背景と第一回東京行幸
慶応4年4月11日(1868年5月3日)の江戸開城後、前島密が江戸遷都論を展開し、東京奠都が既定路線となった。これを受けて明治天皇は同年7月17日(9月3日)に「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」を発布し、江戸を東京と改め、同地で政務を執ると宣言した。
即位の礼および改元を終えた明治天皇は、明治元年9月20日(1868年11月4日)に京都御所を出発した。道中で熱田神宮を親拝した後、10月13日(11月26日)に江戸城改め東京城に到着した。
よくある質問
東京行幸とは何ですか?
明治元年と明治2年に、明治天皇が京都から東京へ行幸された一連の移動のことです。東幸とも呼ばれます。
東京行幸は何度行われましたか?
歴史上、明治元年の一次行幸と、明治2年の二次行幸の合計二度行われました。
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参考文献
高木利夫「東京と文学(1)近代化過程における相互の関連について」『法政大学教養部紀要』第90号、1994年。吉岡拓「明治初年における民衆と朝廷 : 明治二年皇后東京行啓における反対活動を事例として」『史学』第73巻第1号、2004年。