日本の新聞史

東京日日新聞の歴史と変遷

東京日日新聞の歴史と変遷
明治時代に創刊された東京日日新聞の歴史、政府広報紙としての役割、毎日新聞への統合、そして戦後の復刊に至るまでの経緯を解説します。

📌 主なポイント

  • 1872年(明治5年)に東京最初の日刊紙として創刊された。
  • 1877年から1883年まで、官報創刊前の政府公式発表を代行する役割を担った。
  • 1911年に大阪毎日新聞社に買収され、東西の毎日新聞体制が構築された。
  • 1943年に新聞統制により題字が『毎日新聞』に統一された。
  • 1948年に夕刊紙として復刊したが、1955年に休刊した。

東京日日新聞(とうきょうにちにちしんぶん)は、明治時代から昭和時代にかけて発行された日本の日刊新聞です。現在の毎日新聞の前身にあたる重要な存在であり、東京における近代新聞の草分けとして知られています。

創刊と発展

明治5年2月21日(1872年3月29日)、条野伝平、西田伝助、落合幾次郎らによって東京最初の日刊紙として創刊されました。その後、福地源一郎が主筆に就任し、政府擁護の論陣を張る御用新聞としての性格を強めました。1877年(明治10年)の太政官文書局廃止以降は、政府の公式発表を代行する役割を担い、1883年(明治16年)に官報が創刊されるまでその機能を果たしました。

毎日新聞への統合

経営面では、1911年(明治44年)に大阪毎日新聞社(大毎)の経営下に入りました。これにより、東京の「東日」と大阪の「大毎」という二大紙体制が確立されました。大正期には東京五大新聞の一角として勢力を誇り、関東大震災などの激動期を経て成長を続けました。1943年(昭和18年)、新聞統制により題字が『毎日新聞』に統一され、長年続いた「東京日日新聞」の題号は一旦姿を消しました。

戦後の復刊と終刊

第二次世界大戦終結後の1948年(昭和23年)、毎日新聞社の系列会社である東京日日新聞社によって、新興夕刊紙として「東京日日新聞」が復刊しました。しかし、既存紙やスポーツ紙との競合が激化し、1955年(昭和30年)8月31日をもって休刊となりました。その後、会社組織は印刷事業などを中心に存続し、現在の毎日新聞グループの基盤の一部を形成しています。

よくある質問

東京日日新聞は現在のどの新聞社と関係がありますか?
現在の毎日新聞社です。東京日日新聞は毎日新聞の東日本地区における旧題号であり、その歴史的系譜は毎日新聞に引き継がれています。
なぜ「御用新聞」と呼ばれたのですか?
明治初期に政府を擁護する論調をとり、さらに官報が創刊される以前の数年間、政府の公式発表を代行する役割を担っていたためです。
東京日日新聞が休刊したのはいつですか?
戦後に復刊した夕刊紙としての東京日日新聞は、1955年(昭和30年)8月31日をもって休刊しました。

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参考文献

  • 下川耿史 家庭総合研究会 編『明治・大正家庭史年表:1868-1925』河出書房新社、2000年。
  • 内閣印刷局『内閣印刷局七十年史』1943年。
  • 昭和ニュース事典編纂委員会『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』毎日コミュニケーションズ、1994年。