日本の経済史
歴史的証券取引所:東京株式取引所の軌跡と現代への影響

明治時代に設立された日本初の公的な証券取引機関「東京株式取引所」の歴史、上場銘柄、組織の変遷について解説します。
📌 主なポイント
- ✓東京株式取引所は1878年(明治11年)に設立された日本初の公的な証券取引機関である。
- ✓設立当初の上場銘柄は公債が中心であり、上場企業はゼロからのスタートであった。
- ✓1943年(昭和18年)に戦時統制に伴い日本証券取引所に統合されて解散し、戦後は東京証券取引所へとつながった。
東京株式取引所(とうきょうかぶしきとりひきじょ)は、現在の東京都中央区日本橋兜町に所在していた、日本における最初の公的な証券取引機関である。通称は東株(とうかぶ)。

設立と初期の展開
1874年(明治7年)10月13日に株式取引条例が制定された後、1878年(明治11年)5月15日に大蔵卿大隈重信からの免許を受けて正式に設立された。発起人には渋沢栄一や益田孝、福地源一郎らが名を連ねている。
同年6月1日に売買立会が開始されたが、開業当初の上場銘柄は旧公債や新公債などの公債が中心であり、上場企業はゼロであった。その後、同年内を通じて国立銀行や米商会所の株式が上場していった。
自社銘柄と市場の性格

取引所自体の株式およびその新株(通称「新東」または「あずま新」)は、当時の上場株式の中でも特に活発に売買される代表銘柄であった。東京株式取引所の株価相場は当時の景気の指標としての機能を持っており、非常に盛んな投機対象として大量の資金が投入された。
統制と解散
1943年(昭和18年)6月、戦時統制機関への改編に伴い、全国の株式取引所が統合されて日本証券取引所が設立されたことにともない、東京株式取引所は解散した。旧東京株式取引所は同取引所の本所として使用されたが、終戦後の1947年(昭和22年)に日本証券取引所も解散を迎えた。戦後は現在の東京証券取引所へと事業が引き継がれている。
よくある質問
東京株式取引所はいつ設立されましたか?
1878年(明治11年)5月15日に正式に設立されました。
東京株式取引所の発起人には誰がいましたか?
渋沢栄一、益田孝、福地源一郎など、明治期の著名な実業家や指導者11名が発起人となりました。
東京株式取引所は現在どうなっていますか?
戦時の統制による日本証券取引所への統合を経て解散し、戦後は現在の東京証券取引所(東証)へと事業が継承されました。
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参考文献
秦郁彦編『日本官僚制総合事典: 1868-2000』東京大学出版会、2001年。
実業興信所『日韓商工人名録 上巻』実業興信所、1908年。
実業興信所『日韓商工人名録 上巻』実業興信所、1908年。