東京女子高等師範学校の歴史と沿革

📌 主なポイント
- ✓東京女子高等師範学校は1890年(明治23年)に設立された官立の女子高等師範学校である。
- ✓前身である東京女子師範学校は1874年に設置が布達された日本初の官立女子教員養成機関である。
- ✓戦後の学制改革により新制のお茶の水女子大学の母体となり、1952年に廃止された。
東京女子高等師範学校(とうきょうじょしこうとうしはんがっこう)は、1890年(明治23年)に設立された官立の女子高等師範学校である。略称は「東京女高師」、また所在地にちなんで「お茶の水」とも称された。日本における女子高等教育および中等教員養成の先駆的な役割を果たし、戦後の新制お茶の水女子大学の母体となった。
前身の東京女子師範学校の設立
日本における近代的な女子教員養成の試みは、1873年(明治6年)11月に文部省学監であったダビッド・モルレーが女性を児童教育の担い手として育成することを建言したことに始まる。これを受けて文部少輔の田中不二麿らが太政大臣へ上申を行い、1874年(明治7年)3月に湯島聖堂構内(現在のお茶の水橋付近)へ日本最初の官立女子師範学校である東京女子師範学校の設置が布達された。開校式は1875年(明治8年)11月に皇后臨席のもとで挙行され、初代の校長(摂理)には中村正直が就任した。
設立当初の修業年限は5年とされ、地理、歴史、物理、化学、修身、算術、教育論、手芸、体操など多彩な学科目が講義された。また、生徒の実地研修の場として附属学校園の整備も進められ、1877年(明治10年)には附属小学校、1878年(明治11年)には幼稚園保姆練習科および附属幼稚園が設置された。さらに1882年(明治15年)には、日本初の高等女学校の原型となる附属高等女学校が発足した。
東京師範学校女子部から女子高等師範学校への改組
1885年(明治18年)8月、財政難などの背景から東京女子師範学校は東京師範学校に統合され、その「女子部」へと改組された。翌1886年(明治19年)に東京師範学校が高等師範学校へ改組されたことに伴い、女子部も「女子師範学科」となった。
1890年(明治23年)3月、女子師範学科は高等師範学校から分離・独立し、新たに女子高等師範学校として発足した。1908年(明治41年)には奈良に第2の官立女高師(奈良女子高等師範学校)が設置されたことに伴い、名称を東京女子高等師範学校へと改称した。以降、文科・理科・家事科などを中心に多くの女子中等教員を輩出し、官立学校における女子の最高学府として日本の女子教育の発展に寄与した。
大学昇格運動と戦後の展開
第一次世界大戦後の高等教育拡充の動きや、1920年代から1930年代初めにかけての大塚新校地への移転を経て、東京女高師の大学昇格(「師範大学」化構想)を目指す動きが本格化した。第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)秋には、文学部と理学部からなる「東京女子帝国大学」の創設案がまとまったものの、大蔵省による予算上の理由から旧制での大学昇格は実現しなかった。
その後、戦後の学制改革を経て新制のお茶の水女子大学が発足し、東京女子高等師範学校は同校への包括を経て1952年(昭和27年)に廃止された。なお、同窓会組織である「桜蔭会」はお茶の水女子大学と共通の組織として現在も存続している。
よくある質問
東京女子高等師範学校の設立年はいつですか?
東京女子高等師範学校の初代校長は誰ですか?
東京女子高等師範学校の後身校は何ですか?
東京女子高等師範学校の同窓会組織は何と呼ばれていますか?
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参考文献
- 明治後期小学校女子教師の服装について : 裳袴・筒袖を中心にして 岩崎雅美 (日本家政学会, 1993-01-15) 日本家政学会誌. 44(1)