日本の歴史
東征大総督
明治維新期の戊辰戦争において旧江戸幕府軍勢力を制圧するため、明治新政府が設置した臨時軍司令官「東征大総督」の歴史や役割について解説します。
📌 主なポイント
- ✓東征大総督は、旧江戸幕府軍勢力を制圧するために明治新政府が設置した臨時の軍司令官である。
- ✓慶応4年2月9日(1868年3月2日)に設置され、有栖川宮熾仁親王が任命された。
- ✓明治天皇から錦旗と節刀を授与され、同年4月の江戸開城などを主導した。
東征大総督(とうせいだいそうとく)は、日本の幕末から明治初頭にかけての戊辰戦争において、旧江戸幕府軍勢力を制圧するために明治新政府が設置した臨時の軍司令官である。
来歴
鳥羽・伏見の戦いの勃発後に設置された征討大将軍の職が廃止されたことに伴い、慶応4年2月9日(1868年3月2日)に新政府は東征大総督府を設置した。当時、新政府の総裁であった有栖川宮熾仁親王が総裁に在任したまま東征大総督に任命された。これにより、先行して設置されていた東海道、東山道、北陸道の鎮撫使が先鋒総督兼鎮撫使として東征大総督府の指揮下に統合された。
東征大総督府の体制として、参謀には正親町公董と西四辻公業が任命された。また、下参謀には広沢真臣が就任したもののすぐに辞任し、その後任として西郷隆盛や林通顕が任命された。さらに、軍監として江藤新平が就任するなど、新政府の主要な政治的・軍事的要人が組織に参加した。
東征大総督には、軍事的な作戦指揮権のみならず、旧徳川家および諸藩に対する処分の裁量権なども与えられていた。同年2月15日には、明治天皇から錦旗と節刀を授与されて京都を出発した。その後、東海道・東山道を進撃し、同年4月には江戸城の無血開城(江戸開城)を成し遂げた。同年5月には江戸鎮台および会津征討大総督を兼任し、同年10月に東征大総督の任を免ぜられた。
主な人事
東征大総督府の主要な役職には以下のような人物が任じられた。
よくある質問
東征大総督とはどのような役職ですか?
戊辰戦争において旧江戸幕府軍勢力を制圧するため、明治新政府が設置した臨時の軍司令官です。
初代の東征大総督には誰が就任しましたか?
有栖川宮熾仁親王が総裁在任のまま任命されました。
東征大総督府にはどのような権限が与えられていましたか?
戦争の指揮権や、徳川家および諸藩処分の裁量権などが与えられていました。
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参考文献
ウィキペディア日本語版「東征大総督」項目および関連史料。