日本史

幕末の討幕運動とその歴史的展開

江戸時代後期の幕末における江戸幕府打倒を目的とした政治・軍事運動である討幕運動について、薩長土肥各藩の動向や歴史的経緯を解説します。

📌 主なポイント

  • 討幕運動は、主として江戸時代後期の幕末に江戸幕府の打倒と新政権樹立を目的として展開された政治・軍事運動である。
  • 1866年には坂本龍馬の仲介のもと、薩摩藩と長州藩の間で薩長同盟が結ばれた。
  • 1867年11月9日には徳川慶喜による大政奉還が行われ、同日に討幕の密勅が下された。
  • 王政復古の大号令を経て明治政府が樹立された後、鳥羽・伏見の戦いを契機として戊辰戦争が始まった。

討幕運動(とうばくうんどう)とは、江戸時代後期の幕末期において、江戸幕府を打倒して新政権の樹立を目指した一連の政治的および軍事的な活動を指す言葉である。狭義では武力による幕府打倒を目指した運動を指すが、広義では軍事衝突を回避あるいは最小限に抑えた政権移譲を目指す動きも含められる。

背景と展開

江戸時代後期には国学が発達し、王政復古や武家政権批判の流れが生じた。また、欧米列強の来航が相次ぎ、幕府が諸外国と通商条約を締結して開国を決定したことを契機に、朝廷の権威が再び浮上することとなった。これに対し、在野の志士や諸藩の倒幕派は、幕府が攘夷を断行しない姿勢に反発し、討幕論を形成していった。

薩長土肥各藩の動向

薩摩藩や長州藩をはじめとする諸藩は、それぞれの藩政改革や情報収集力の強化、西洋式軍備の導入などを経て力を蓄えた。1866年には坂本龍馬の仲介によって薩長同盟が結ばれ、西国の有力藩が幕府に対抗する体制が整えられた。その後、朝廷から討幕の密勅が下され、1867年の大政奉還を経て、翌年の王政復古の大号令へとつながっていった。

戊辰戦争への移行

大政奉還によって名目上は江戸幕府が消滅したものの、旧幕府勢力との対立は解消されず、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発した。明治政府軍による江戸城の無血開城などが行われた一方で、東北地方や北海道などではその後も抗戦が続けられた。

よくある質問

討幕運動とはどのような運動ですか?
江戸時代後期の幕末期において、江戸幕府を打倒し、新しい政権の樹立を目指した政治的・軍事的な活動の総称です。
薩長同盟はいつ、どのような経緯で結ばれましたか?
1866年(慶応2年)3月に、坂本龍馬の仲介によって薩摩藩と長州藩の間で密かに結ばれた同盟です。幕府の第二次長州征伐への対抗や藩力の充実などを背景に成立しました。
討幕運動はどのように終結しましたか?
1867年の大政奉還や王政復古の大号令を経て明治政府が樹立された後、旧幕府勢力との間で戊辰戦争が戦われ、各地での戦闘を経て新政権による統治が確立されていきました。

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参考文献

  • 木下昌規「鞆動座後の将軍足利義昭とその周辺をめぐって」『戦国期足利将軍家の権力構造』岩田書院、2014年