日本の地理

宇佐平野の地理と歴史

大分県北部の宇佐市に位置する宇佐平野は、駅館川や寄藻川などの河川が形成した沖積平野であり、県内有数の穀倉地帯として知られています。

📌 主なポイント

  • 宇佐平野は大分県北部の宇佐市に位置する沖積平野である。
  • 大分県内最大の穀倉地帯であり、特に麦の生産が盛んである。
  • 1185年に築造された平田井堰は、現存する大分県最古の堰である。
  • 広瀬久兵衛による干拓事業や、南一郎平による広瀬井手の建設など、歴史的な農業水利事業が展開された。

宇佐平野(うさへいや)は、大分県北部の宇佐市に広がる沖積平野です。周防灘に注ぐ駅館川、寄藻川、桂川などの河川が形成した堆積物によって成り立っており、古くから農業が盛んな地域として発展してきました。

農業と産業

宇佐平野は大分県内でも最大規模の穀倉地帯として知られています。特に麦の栽培が盛んであり、県内の作付面積の約60%を占めるなど、重要な産地となっています。初夏の収穫時期には黄金色の麦畑が広がり、地域の風物詩となっています。

歴史的背景

この地域は古代から開けており、川部遺跡や東上田遺跡といった環濠集落跡、川部・高森古墳群などの遺跡が点在しています。中世には、1185年に築造されたとされる平田井堰が建設されました。これは現存する大分県最古の堰であり、駅館川左岸の広大な農地を灌漑する重要な役割を担ってきました。

江戸時代後期には、西国筋郡代・塩谷大四郎の指導のもと、和間海岸などの干潟を干拓する大規模な新田開発が行われました。この事業を請け負ったのが広瀬久兵衛であり、その功績を称えて「久兵衛新田」と名付けられた土地も存在します。

また、明治時代には南一郎平が広瀬久兵衛の資金援助を得て、駅館川右岸の高台へ水を引く「広瀬井手」を1870年に完成させました。南一郎平の功績は当時の日田県知事であった松方正義に高く評価され、後に東京へ招かれて安積疏水、琵琶湖疏水、那須疏水といった日本三大疏水の開発に携わることとなりました。

主な河川

よくある質問

宇佐平野の主な産業は何ですか?
農業が中心であり、特に麦の生産において大分県内最大のシェアを誇る穀倉地帯です。
広瀬井手とはどのようなものですか?
1870年に南一郎平が広瀬久兵衛の資金援助を得て完成させた水路です。駅館川右岸の高台へ水を供給し、宇佐平野の農業発展に大きく寄与しました。
宇佐平野にはどのような歴史的遺跡がありますか?
川部遺跡や東上田遺跡の環濠集落跡、川部・高森古墳群などが点在しており、古代から人々が定住していたことを示しています。

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参考文献

  • 大分県ホームページ「宇佐平野」
  • 農業農村整備情報総合センター「水土の礎」
  • 大分県土地改良事業団体連合会「農業水利偉人伝 1 広瀬久兵衛」
  • 大分合同新聞、朝日新聞、毎日新聞各紙記事