日本の元号

和銅:奈良時代の日本の元号

和銅:奈良時代の日本の元号
日本の元号のひとつである和銅(708年〜715年)の歴史、由来、平城京遷都や和同開珎の鋳造といった主な出来事について解説する百科事典記事です。

📌 主なポイント

  • 和銅は日本の元号の一つで、708年から715年までの期間を指す。
  • 武蔵国秩父郡からの銅の献上を記念して、708年2月7日に慶雲から改元された。
  • 和銅年間には平城京への遷都や和同開珎の鋳造が行われた。
  • 和銅5年(712年)に太安万侶によって『古事記』が完成・撰上された。

和銅(わどう)は、日本の元号の一つである。慶雲の後、霊亀の前であり、708年から715年までの期間を指す。この時代の天皇は女帝である元明天皇である。

改元と由来

『続日本紀』巻四によると、武蔵国秩父郡(現在の埼玉県秩父市黒谷)から自然銅(ニギアカガネ)が発見されて朝廷に献上された。これを嘉したことにより、慶雲5年1月11日(ユリウス暦708年2月7日)に元号が和銅へと改められた。その後、和銅8年9月2日(ユリウス暦715年10月3日)に霊亀へと改元されている。

和銅年間の主な出来事

和銅年間は、日本の古代国家体制の整備において重要な出来事が相次いだ時期である。元年初年(708年)の2月には平城の地に新都を造営する詔が出され、同年5月には日本で本格的な流通用貨幣とされる和同開珎が鋳造された。和銅3年3月(710年)には藤原京から平城京への遷都が実行され、奈良時代の幕開けとなった。

文化・行政面においても、和銅5年1月(712年)に太安万侶によって『古事記』が完成・撰上されたほか、諸国に対して風土記の編纂命令が出されるなど、国の統治基盤や歴史的記録の整備が進められた。また、同年には出羽国が建置され、その後も丹後国・美作国・大隅国が立てられるなど地方行政区画の再編も行われている。和銅8年9月には元明天皇が譲位し、氷高内親王が即位して元正天皇となった。

崇福寺跡出土の和同開珎
崇福寺跡 出土の和同開珎( 東京国立博物館 所蔵)

西暦との対照表

和銅元年から和銅8年までの期間は、ユリウス暦の708年から715年にほぼ該当する。この時期には閏月などが適宜挿入され、当時の暦法が運用されていた。

関連項目

  • 秩父地方
  • 秩父市
  • 和銅遺跡
  • 和同開珎
  • 聖神社 (秩父市)
  • 元号一覧 (日本)

よくある質問

和銅という元号の由来は何ですか?
『続日本紀』によると、武蔵国秩父郡から和銅(ニギアカガネと呼ばれる銅塊)が発見され、朝廷に献上されたことを記念して改元されました。
和銅の期間はいつからいつまでですか?
ユリウス暦で708年から715年までの期間です。元号としては和銅元年1月11日から和銅8年9月2日まで使用されました。
和銅年間に起きた主な出来事は何ですか?
和同開珎の鋳造、平城京への遷都、『古事記』の完成・撰上、諸国への風土記編纂の命などが挙げられます。

関連記事

元号元明天皇平城京和同開珎古事記秩父市

参考文献

『続日本紀』巻四
秩父市和銅保勝会資料