人物

ウォルター・バジョット:ヴィクトリア朝の経済思想家とジャーナリスト

ウォルター・バジョット:ヴィクトリア朝の経済思想家とジャーナリスト
19世紀イギリスのジャーナリスト、経済学者ウォルター・バジョットの生涯と業績。中央銀行の「最後の貸し手」理論や『イギリス憲政論』の功績を解説します。

📌 主なポイント

  • 1826年、イギリスのサマセット州ラングポートで銀行家の息子として誕生した。
  • 『ロンバード街』において、中央銀行の「最後の貸し手」としての機能を体系化した。
  • 『エコノミスト』誌の編集長を長年務め、当時の金融界に多大な影響を与えた。

ウォルター・バジョット(Walter Bagehot, 1826年2月3日 - 1877年3月24日)は、19世紀イギリスのジャーナリスト、評論家、経済学者です。政治、経済、社会、文芸など幅広い分野で執筆活動を行い、特に金融理論と政治学の分野で後世に大きな影響を与えました。

ウォルター・バジョットの肖像画
ウォルター・バジョットの肖像画

生涯

1826年、サマセット州ラングポートの銀行家の家庭に生まれました。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで数学を学び、卒業後は家業の銀行業に携わる傍ら、執筆活動を開始しました。1851年のパリ旅行中にルイ・ナポレオンのクーデターを目撃した経験は、彼の政治思想形成に影響を与えたとされています。

1858年、エコノミスト誌の創設者ジェイムズ・ウィルソンの娘であるエリザベス・ウィルソンと結婚しました。1860年代から死去するまで、自身もエコノミスト誌の編集長を務め、ヴィクトリア朝の言論界で重要な役割を担いました。その影響力から「第二の財務大臣」と評されることもありました。

金融理論と「最後の貸し手」

バジョットの経済学における最大の功績は、1873年の著書『ロンバード街―金融市場の解説』で提唱した「最後の貸し手(Lender of Last Resort)」理論です。これは、1866年のオーバレンド・ガーニー商会破綻に端を発した金融恐慌の経験に基づいています。

名著『ロンバート街―金融市場の解説』(1873年)
名著『ロンバート街―金融市場の解説』(1873年)

バジョットは、中央銀行が金融危機時に果たすべき役割として、以下の2点をルールとして挙げました。

  • 貸付は非常に高い金利で実施すること(モラル・ハザードの防止)。
  • 優良な担保がある限り、公衆の請求に応じて無制限に貸し出すこと(パニックの収束)。

この理論は当時、イングランド銀行の理事らから強い批判を浴びましたが、現代の中央銀行政策の基礎として広く認識されています。

政治思想

政治学の分野では、1867年に出版された『イギリス憲政論』が古典として知られています。君主制の役割や議会政治の構造を分析したこの著作は、イギリスの不文憲法を理解する上で重要な文献とされています。

バジョットの著書に関する資料
バジョットの著書に関する資料

よくある質問

「最後の貸し手」とはどのような理論ですか?
金融危機時に中央銀行が、高い金利を設定した上で、優良な担保を持つ銀行に対して無制限に資金を供給し、市場のパニックを沈静化させるべきだとする理論です。
バジョットの代表的な著書は何ですか?
金融市場を分析した『ロンバード街』と、イギリスの政治構造を論じた『イギリス憲政論』が特に有名です。
バジョットはなぜ「第二の財務大臣」と呼ばれたのですか?
『エコノミスト』誌の編集長として、当時の英国金融界や政治に対して極めて強い影響力を持っていたため、そのように称されました。

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参考文献

Hutton, Richard (1885). "Bagehot, Walter". In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography. Vol. 2. London: Smith, Elder & Co.

Bagehot, Walter. Lombard Street (London: Morgan, 1873).

ニール・アーウィン著、関美和訳『マネーの支配者ー経済危機に立ち向かう中央銀行総裁の闘い』早川書房、2014年。