ウォルター・クレイン:イギリスの挿絵画家・装飾芸術家

📌 主なポイント
- ✓ウォルター・クレインは1845年8月15日にイギリスのリヴァプールで生まれた。
- ✓彫版師エドマンド・エヴァンズと共に3色刷りのトイ・ブックスを多数制作し成功を収めた。
- ✓ウィリアム・モリスの影響を受け、アーツ・アンド・クラフツ運動や社会主義運動に深く関わった。
ウォルター・クレイン(Walter Crane, 1845年8月15日 - 1915年3月14日)は、イギリスの芸術家である。絵画、イラストレーション、児童書、陶磁器タイル、その他多くの装飾芸術を制作し、アーツ・アンド・クラフツ運動に深く関わった。

前半生と影響
ウォルター・クレインは細密肖像画家のトーマス・クレインの次男としてリヴァプールに生まれた。早くからラファエル前派の影響を受けており、ジョン・ラスキンの信望者であった。13歳の時に彫版師ウィリアム・ジェイムズ・リントンに弟子入りし、3年間工房で働いた。この工房で彼は同時代の芸術家たちの作品やイタリア・ルネッサンス美術の作品を彫版し経験を積んだが、より深い影響を受けたのは大英博物館に収蔵されていたエルギン・マーブルであった。また彼は日本の浮世絵を研究し、その技法を子供向けのトイ・ブックスに生かした。
絵画とイラストレーション
1864年から1876年にかけて、クレインは彫版師エドマンド・エヴァンズと組んで3色刷りのトイ・ブックスを多数制作した。とくに『カエルの王子さま』(1874年)などのシリーズには、浮世絵の影響が強く現れている。

挿絵画家としてのクレインは、画面上で文章と絵・装飾とを調和させることに腐心し、『幼子のオペラ』(1877年)などの作品はその後の児童向け絵本のデザインの基礎となった。またグリムの『家庭のメルヘン』(1882年)で使用されたガチョウ番の娘の絵は後にウィリアム・モリスがタペストリーに仕上げている。

油彩画家としても活動し、代表作の一つである『ネプチューンの馬』などを制作した。

雑誌の付録なども手がけており、グラフィック誌に掲載された地図なども知られている。

社会主義運動との関わり
1880年代よりクレインはウィリアム・モリスの影響から社会主義運動に関わり、社会のすべての階層にデザインを浸透させようとした。この観点から彼は織物や壁紙、室内装飾などを手がけ、『ジャスティス』などの社会主義者の組織のために漫画を寄稿したほか、アーツ・アンド・クラフツ展示協会のために活動した。1904年にはアルバート・メダルを受賞している。
よくある質問
ウォルター・クレインはどのような人物ですか?
クレインの代表的な作風や影響は何ですか?
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参考文献
Crane, Walter (2006-05-08). The Song of Sixpence Picture Book. Project Gutenberg.