ウィリアム・サマセット・モームの生涯と文学的業績

📌 主なポイント
- ✓ウィリアム・サマセット・モームは1874年1月25日にフランス・パリで生まれた。
- ✓第一次世界大戦中にはイギリスの秘密情報部(MI6)の諜報員として活動した。
- ✓代表作には『人間の絆』や『月と六ペンス』があり、物語性を重視した平明な文体で知られる。
- ✓1965年12月16日にフランス・ニースで91歳で死去した。
ウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham, CH、1874年1月25日 - 1965年12月16日)は、イギリスの小説家、劇作家である。平明な文体と優れたストーリーテリングで知られ、20世紀前半の英語圏を代表する世界的作家として広く読まれている。
生涯と経歴
モームは1874年、フランスのパリで生まれた。両親はともにイギリス人で、父は在パリ英国大使館の顧問弁護士であった。しかし、1882年に母を、1884年に父を相次いで亡くし、少年期に孤児となった。その後、イギリス南東部ケント州の牧師であった叔父のもとに引き取られ、厳しい環境で育った。13歳でカンタベリーのキングズ・スクールに入学したが、生来の吃音などに悩まされた経験は、のちの自伝的大作『人間の絆』に反映されている。
一時は医師を目指してロンドンの聖トマス病院付属医学校で学び、医学士の資格を取得したものの、文学への志望を捨てきれず、1897年に自然主義の影響を受けた処女作『ランベスのライザ』を出版した。その後、劇作家としても頭角を現し、1900年代には数々の戯曲が上演されて名声を確立した。
第一次世界大戦と諜報活動
1914年に第一次世界大戦が勃発すると、モームは赤十字野戦病院に勤務したのち、イギリスの秘密情報部(MI6)にリクルートされ、スイスやロシアなどで諜報活動に従事した。ロシア革命期のペトログラードへ赴いた経験などは、のちの短編連作『アシェンデン』の重要な下敷きとなった。
主要作品と作家としての特徴
1915年に発表した長編小説『人間の絆』や、ポール・ゴーギャンの生涯をモチーフに描いた1919年の『月と六ペンス』によって、作家としての確固たる地位を築いた。彼の作品は、劇的なストーリー展開とシニカルな人間観、そして平明で読みやすい文体を特徴としている。純文学と大衆文学の双方において評価され、最良の意味での通俗作家として旺盛な執筆活動を続けた。
また、生涯を通じて世界各地を旅し、東南アジアや南太平洋を舞台にした『木の葉のそよぎ』などの短編小説や紀行文を残した。シンガポールのラッフルズ・ホテルやタイのザ・オリエンタル・バンコクといった東南アジアの老舗ホテルに長期滞在したことでも知られている。
晩年
第二次世界大戦後も『剃刀の刃』などを発表し、精力的に執筆を続けたが、1948年の『カタリーナ』を最後に小説の創作からは引退した。その後は評論や回想録の執筆に専念し、1959年には来日を果たして日本橋丸善での展覧会に出席するなど、国内外で広く交流を持った。1965年12月16日、フランス・ニースのリヴィエラの邸宅で死去した。享年91。