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ウィリアム・ワトソン (物理学者・植物学者)

ウィリアム・ワトソン (物理学者・植物学者)
18世紀イギリスの医師、植物学者、物理学者であるウィリアム・ワトソンの生涯、植物学への貢献、電気研究における業績について解説します。

📌 主なポイント

  • ウィリアム・ワトソンは1715年4月3日に生まれ、1787年5月10日に没したイギリスの医師・植物学者・物理学者である。
  • 1741年に王立協会のフェローとなり、のちに二度にわたり同協会の副会長を務めた。
  • 1745年に電気研究の業績によってコプリ・メダルを受賞した。

サー・ウィリアム・ワトソン(Sir William Watson FRS、1715年4月3日 - 1787年5月10日)は、イギリスの医師、植物学者、物理学者である。初期の電気現象に関する研究や、イギリスへの植物学の紹介で知られている人物である。

ウィリアム・ワトソンの肖像画、原画は レミュエル・フランシス・アボット 、版画は J. Thornwaite (1784)
ウィリアム・ワトソン像(1784年版画、原画:レミュエル・フランシス・アボット)

生涯と植物学の業績

ロンドンに生まれたワトソンは、はじめ植物学の分野を研究し、カール・フォン・リンネの分類学研究をイギリスに紹介した先駆者の一人となった。科学者としての活動が評価され、1741年には王立協会のフェロー(会員)に選出された。その後、1774年から1776年までと、1782年から1787年までの二度にわたり、同協会の副会長を務めた。

電気研究における業績

ワトソンは電気技術や電気現象の研究でも重要な足跡を残している。1745年には、電気研究における功績によりコプリ・メダルを受賞した。

1746年には、電気を蓄える装置であるライデン瓶の内面と外面を鉛の箔で覆うことによって、その蓄電容量が増加することを示した。また当時、フランスのシャルル・フランソワ・デュ・フェが提唱した「樹脂電気」と「ガラス電気」という2種類の電気の存在説に対し、ワトソンは「電気エーテル」と呼ぶ単一の流体の余剰(正電荷)と欠乏(負電荷)によるものであると主張した。この考え方は、同時期にベンジャミン・フランクリンが独立して到達した理論とほぼ同じものであり、のちに両者は科学および政治の分野で協力関係を持つことになった。

さらに1746年、ロンドンのシューターズヒルにおいて、当時フランスで行われていた実験を大きく上回る2キロメートル余りの導体を用いた電気伝導実験を実施し、のちにさらに長距離の実験もおこなっている。

よくある質問

ウィリアム・ワトソンとはどのような人物ですか?
18世紀イギリスの医師であり、植物学者、物理学者としても活動した人物です。初期の電気研究における功績や、リンネの研究をイギリスに紹介したことで知られています。
ワトソンの電気研究における主な功績は何ですか?
1745年にコプリ・メダルを受賞し、1746年にはライデン瓶の容量を増やす方法の提示や、単一の流体説(正負の電気に関する考え方)の主張、長距離での電気伝導実験を行いました。
王立協会におけるワトソンの役職は何ですか?
1741年にフェロー(会員)となり、1774年から1776年までと1782年から1787年までの二度にわたり副会長を務めました。

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参考文献

  • “Watson; Sir; William (1715 - 1787)”. Record (英語). The Royal Society. 2014年8月25日閲覧.