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ヴォルフガング・シュナイダーハン:オーストリアのヴァイオリニスト

ヴォルフガング・シュナイダーハン:オーストリアのヴァイオリニスト
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務め、ソリストや室内楽奏者としても活躍したオーストリアのヴァイオリニスト、ヴォルフガング・シュナイダーハンの生涯と業績を解説します。

📌 主なポイント

  • 1915年ウィーン生まれ、2002年ウィーン没。
  • 1938年から1949年までウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスターを務めた。
  • ソプラノ歌手のイルムガルト・ゼーフリートと結婚していた。

ヴォルフガング・エドゥアルト・シュナイダーハン(Wolfgang Eduard Schneiderhan, 1915年5月28日 - 2002年5月18日)は、オーストリアのウィーン出身のヴァイオリニストです。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとして、またソリストや室内楽奏者として20世紀のクラシック音楽界で重要な役割を果たしました。

ヴォルフガング・シュナイダーハンの肖像
ヴォルフガング・シュナイダーハン

経歴

ウィーンで生まれたシュナイダーハンは、ウィーン音楽院でオタカール・シェフチークやユリウス・ヴィンクラーに師事しました。幼少期から才能を発揮し、10歳でバッハのシャコンヌを公開演奏し、1926年にはコペンハーゲンでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏してデビューを果たしました。

1933年から1937年までウィーン交響楽団のコンサートマスターを務めた後、1937年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第2コンサートマスターに就任しました。1938年には、アルノルト・ロゼの後任として第1コンサートマスターに昇格しました。1949年にソリストとしての活動に専念するため、同楽団を退団しました。

室内楽と教育活動

シュナイダーハンは室内楽の分野でも精力的に活動しました。1938年にはシュナイダーハン四重奏団を結成し、1951年まで活動を続けました。また、ピアニストのカール・ゼーマンとのデュオや、エトヴィン・フィッシャー、エンリコ・マイナルディとのピアノ三重奏団でも知られています。1956年にはルドルフ・バウムガルトナーと共にルツェルン音楽祭弦楽合奏団を創設しました。

教育者としてもザルツブルク、ウィーン、ルツェルンで後進の指導にあたりました。

ウィーン、ノイシュティフター墓地にあるシュナイダーハン夫妻の墓
ウィーン、ノイシュティフター墓地にあるシュナイダーハン夫妻の墓

私生活

妻はソプラノ歌手のイルムガルト・ゼーフリートで、1988年に死別しました。二人の間には3人の娘がおり、そのうちの一人は女優のモナ・ゼーフリートです。兄のワルター・シュナイダーハンもウィーン交響楽団のコンサートマスターを務めた音楽家でした。

よくある質問

ヴォルフガング・シュナイダーハンはどの楽団でコンサートマスターを務めましたか?
ウィーン交響楽団およびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でコンサートマスターを務めました。
シュナイダーハンが創設に関わった合奏団は何ですか?
1956年にルドルフ・バウムガルトナーと共にルツェルン音楽祭弦楽合奏団を創設しました。

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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団イルムガルト・ゼーフリートルツェルン音楽祭室内楽

参考文献

  • The Telegraph, "Wolfgang Schneiderhan" (Obituary), 2002.
  • The New York Times, "Wolfgang Schneiderhan, 86; Violinist", 2002.
  • The Guardian, "Wolfgang Schneiderhan: Violinist known for his performances of the Viennese repertory", 2002.
  • オットー・シュトラッサー『前楽団長が語る半世紀の歴史 栄光のウィーン・フィル』音楽之友社、1977年。