地理

矢作川の地理と歴史

矢作川の地理と歴史
長野県、岐阜県、愛知県を流れる一級河川、矢作川の地理的特徴や歴史、流域の変遷について解説します。

📌 主なポイント

  • 矢作川は長野県、岐阜県、愛知県を流れる一級河川である。
  • 水系全体の源流は長野県の大川入山付近である。
  • 流域の地質は花崗岩が広く分布し、砂河川としての特徴を持つ。
  • 江戸時代に徳川家康の命により、現在の本川にあたる新川が開削された。

矢作川(やはぎがわ)は、長野県、岐阜県、愛知県を流れる一級河川であり、矢作川水系の本川です。最上流部は根羽川とも呼ばれます。流域面積は1,830平方キロメートル、幹線流路延長は117キロメートルに及びます。

地理的特徴

矢作川水系の源流は、長野県下伊那郡阿智村と平谷村の境に位置する大川入山(標高1,908メートル)の西麓から流れる柳川とされています。流域の地質は中生代白亜紀から新生代にかけて生成された花崗岩が広く分布しており、風化した脆い花崗岩層が流出する典型的な砂河川としての性質を持っています。

源流から矢作ダム(奥矢作湖)までの上流部は、愛知県豊田市と岐阜県恵那市の境付近の山岳地帯を西へ流れます。その後、南西に流れを変え、豊田盆地を経て平野部へと至ります。平野部では蛇行を繰り返しながら、最終的に三河湾へと注ぎます。

歴史と河川改修

矢作川の下流域では、中世以降、水害対策や水運向上を目的とした大規模な河川改修が繰り返されてきました。1399年(応永6年)に支川の乙川に築かれた「六名堤」が記録に残る初期の工事とされています。また、江戸時代には徳川家康の命により、水害対策として現在の矢作川本川にあたる新川が開削されました。

かつての本流であった矢作古川や、かつての流路である弓取川など、流域には複雑な河道の変遷の痕跡が残されています。これらの改修は、流域の治水や土地開発に大きな影響を与えました。

名称の由来

「矢作」という名称は、かつて矢作橋周辺に矢を作る部民が住む集落があったことに由来すると伝えられています。また、日本武尊が東夷征伐の際、川の中州にあった竹で矢を作り勝利したという伝承も残されています。

よくある質問

矢作川の源流はどこですか?
矢作川水系全体の源流は、長野県下伊那郡阿智村と平谷村の境にある大川入山の西麓から流れる柳川とされています。
矢作川という名前の由来は何ですか?
矢作橋付近に矢を作る部民の集落があったことに由来するという説や、日本武尊の伝承に由来するという説があります。
矢作川はどの県を流れていますか?
長野県、岐阜県、愛知県の3県を流れています。

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豊田市岡崎市三河湾一級河川

参考文献

  • 国土交通省 中部地方整備局「矢作川について」
  • 田中蕃「矢作川流域の自然(その概要)」『矢作川研究』1997年
  • 国土交通省 中部地方整備局「矢作川水系河川整備基本方針」
  • 愛知県「川筋の変遷とその痕跡-愛知県の河川の歴史-」2018年