日本の廃止市町村
谷田部町 (茨城県)

茨城県筑波郡に存在した谷田部町の歴史、地理、および1987年のつくば市発足に伴う廃止までの概要を解説します。
📌 主なポイント
- ✓1987年11月30日に豊里町、大穂町、桜村と合併し、つくば市となった。
- ✓江戸時代には谷田部藩の城下町として栄えた。
- ✓1985年に開催されたつくば科学万博の会場となった。
谷田部町(やたべまち)は、かつて茨城県南西部の筑波郡に存在した町である。江戸時代には細川氏が治める谷田部藩の城下町として栄えた歴史を持つ。1987年(昭和62年)11月30日、周辺の豊里町、大穂町、桜村との合併により、つくば市の一部となり廃止された。

地理
町域は筑波台地の南部に位置し、桜川低地と小貝川低地に挟まれた平坦な地形が広がっていた。主な河川として小野川、東谷田川、西谷田川が流れ、洞峰沼などの水域も存在した。
歴史
1889年(明治22年)の町村制施行により、筑波郡谷田部町、葛城村、島名村、真瀬村および河内郡小野川村が発足した。1955年(昭和30年)には、これら町村の合併により新たな谷田部町が誕生した。1985年(昭和60年)には町内で国際科学技術博覧会(つくば科学万博)が開催され、地域開発が大きく進展した。1987年(昭和62年)11月30日、周辺自治体との合併を経てつくば市が発足し、谷田部町はその歴史を閉じた。


著名な人物
谷田部町ゆかりの人物として、江戸時代の発明家である飯塚伊賀七が挙げられる。彼は和時計や測量器具の製作など、多岐にわたる技術的業績を残した。
交通
町制施行当時は鉄道路線が存在しなかったが、つくば市発足後の2005年に首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスが開通し、旧町域内にみどりの駅、万博記念公園駅、研究学園駅が開業した。道路網では常磐自動車道の谷田部インターチェンジが重要な交通拠点となっていた。
よくある質問
谷田部町はいつ廃止されましたか?
1987年(昭和62年)11月30日に廃止されました。
谷田部町はどの市町村と合併しましたか?
豊里町、大穂町、桜村と合併し、つくば市となりました。
谷田部町出身の有名な人物は誰ですか?
江戸時代の発明家である飯塚伊賀七が有名です。
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つくば市筑波郡飯塚伊賀七国際科学技術博覧会
参考文献
- 谷田部の歴史編さん委員会 (1975)『谷田部の歴史』
- 角川日本地名大辞典 9 茨城県(角川書店)
- 田村竹男 (1979)『飯塚伊賀七』崙書房