日本の歴史

吉野朝廷と日本の南北朝期における南朝の歴史

吉野朝廷と日本の南北朝期における南朝の歴史
日本の南北朝時代において大覚寺統の後醍醐天皇をいただき、吉野などを本拠地として存続した南朝(吉野朝廷)の歴史と動向について解説します。

📌 主なポイント

  • 南朝は1337年から1392年まで約56年間存続した。
  • 大覚寺統の後醍醐天皇が吉野へ逃れて朝廷を開いたことに始まる。
  • 主な本拠地として吉野、賀名生、住吉などが置かれた。
  • 1392年の明徳の和約により、後亀山天皇が北朝の後小松天皇に神器を譲渡し南朝は解消された。

南朝(なんちょう)は、日本の南北朝時代において京都以南の大和国の吉野(奈良県吉野郡吉野町)、賀名生(同県五條市西吉野町)、摂津国の住吉(大阪府大阪市住吉区)などを本拠地とした、大覚寺統の後醍醐天皇に属する朝廷である。別称として吉野朝廷(よしのちょうてい)とも呼ばれる。1337年から1392年まで約56年間にわたって存続し、独自の叙位や元号の制定など、政権としての機能を有していた。

呼称の由来

奈良県の南部に位置する吉野に拠点を設けたことから、京都にあった北朝に対して後世「南朝」と呼ばれるようになった。しかしこれは後世の命名にとどまらず、当時の日記などの記録においても「南朝」や「南方」などの名称で使用されていた。また、吉野が古来より「南山」とも称された金峯山の山中にあったことから、「南山(吉野)の朝廷」という意味も含んでいたとされる。そのため、京都にある北朝の存在を認めない南朝側の記録においても、「南朝」や「南方」といった呼称が用いられた。

南朝の天皇

南朝では、後醍醐天皇の崩御後も代々天皇が即位し、独自の皇統を維持した。

  • 第96代 後醍醐天皇:在位 延元4年(1339年)まで
  • 第97代 後村上天皇:在位 延元4年(1339年) - 正平23年(1368年)
  • 第98代 長慶天皇:在位 正平23年(1368年) - 弘和3年(1383年)
  • 第99代 後亀山天皇:在位 弘和3年(1383年) - 元中9年(1392年)

歴史的展開

建武政権の瓦解と南朝の成立

鎌倉時代末期、皇統は持明院統と大覚寺統の二つに分裂していた。文保2年(1318年)に践祚した大覚寺統の後醍醐天皇は倒幕計画を推進し、元弘3年(1333年)の鎌倉幕府滅亡後に建武の新政を開始した。しかし、建武2年(1335年)に関東で起こった中先代の乱の平定に向かった足利尊氏が離反し、翌年(1336年)には湊川の戦いで宮方を撃破して入京を果たした。足利尊氏は持明院統の光厳上皇の院宣を背景に光明天皇を擁立して北朝を成立させ、後醍醐天皇から三種の神器を接収した。京都を脱出した後醍醐天皇は吉野へ逃れ、北朝へ渡した神器は偽物であると主張して独自の朝廷を開いたことで、南北朝時代が幕を開けた。

足利政権の分裂と正平一統

南朝は新田義貞や北畠親房らを各地へ派遣して勢力拡大を図ったが、北朝方との間で一進一退の攻防が続いた。正平3年(1348年)には四條畷の戦いで楠木正行らが敗北し、吉野を奪われた南朝は賀名生へ行宮を移した。その後、足利尊氏と実弟の足利直義の対立による観応の擾乱が発生すると、南朝はこれに乗じて勢力を一時的に回復する。正平6年(1351年)には一時的な和睦である「正平一統」が成立したが間もなく破綻し、京や鎌倉をめぐる攻防が継続した。

後村上天皇の治世と住吉行宮

後村上天皇の時代には、楠木正儀らによる京都奪還作戦がたびたび行われた。正平16年(1361年)以降、後村上天皇は約10年間にわたり摂津国の住吉行宮に滞在し、瀬戸内海の水軍を傘下に収めて四国や九州との連絡網を確立した。しかし、有力武士の北朝への帰順などが相次ぎ、南朝は徐々に劣勢となっていった。

南北朝合一

元中9年(1392年)、室町幕府の3代将軍足利義満は、有力守護の弱体化を進めつつ大内義弘らの仲介を通じて南朝との本格的な和睦交渉を行った。南朝から北朝への神器の引渡し、国衙領の大覚寺統と長講堂領の持明院統への分割、そして皇位の両統迭立などを条件として和睦が成立した。同年閏10月、後亀山天皇が京都へ赴いて后小松天皇に神器を譲渡し、南朝は解消されて南北朝合一が達成された(明徳の和約)。

よくある質問

南朝とは何ですか?
日本の南北朝時代において、京都の北朝に対抗して大覚寺統の後醍醐天皇をいただき、大和国の吉野などを拠点として存続した朝廷のことです。
南朝はいつからいつまで続きましたか?
1337年から1392年までの約56年間存続しました。
どのようにして南朝は終わりましたか?
1392年の明徳の和約に基づき、後亀山天皇が京都へ赴いて後小松天皇へ三種の神器を譲渡し、南北朝が合一したことで解消されました。

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参考文献

村田正志「吉野」『日本地名大辞典』第6巻(日本書房、1938年)