日本の元号
養和:日本の元号(1181-1182年)
日本の元号である「養和」についての歴史的背景、期間、由来、および養和の大飢饉など主要な出来事を解説する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓養和は治承の後、寿永の前に位置する日本の元号である。
- ✓期間は1181年8月から1182年6月までの約10か月間である。
- ✓源平合戦の時期にあたり、源頼朝の勢力では養和ではなく治承の元号が継続して使用された。
- ✓元号の典拠は中国の歴史書『後漢書』である。
- ✓養和年間には全国的な大飢饉(養和の飢饉)が発生した。
養和(ようわ、旧字体: 養󠄁和)は、日本の元号の一つである。治承の後、寿永の前におかれた。1181年の夏から1182年初夏にかけての約10か月にわたる期間を指し、この時代の天皇は安徳天皇であった。源平合戦の最中であり、源頼朝率いる源氏方ではこの元号を使用せず、引き続き「治承」の元号を使用していたことが知られている。
改元
治承5年7月14日(ユリウス暦1181年8月25日)に改元され、養和2年5月27日(ユリウス暦1182年6月29日)に寿永へと改元された。
由来
元号の出典は、中国の歴史書である『後漢書』の「逸民伝・台唔」の一節にある「幸得レ保二終性命一、存レ神養レ和」という記述に基づいている。
養和期の出来事
養和年間には、以下のような歴史的な出来事が記録されている。
- 平知盛の征東将軍就任:養和元年、平知盛が征東将軍に就任した。
- 養和の飢饉:1181年から1182年にかけて、全国的に甚大な被害をもたらした「養和の飢饉」が発生した。中世の災害史においても特筆されるすさまじい飢饉であったとされる。
よくある質問
養和とはどのような元号ですか?
平安時代末期、治承の後、寿永の前に使用された日本の元号です。期間は1181年から1182年までです。
養和の期間中、天皇は誰でしたか?
安徳天皇が在位していました。
養和の元号は源氏側でも使用されていましたかいいえ。
源平合戦の時代であり、源頼朝の源氏方では養和の元号を使用せず、引き続き「治承」の元号を使用していました。
養和の由来となった文献は何ですか?
中国の歴史書である『後漢書』の「逸民伝・台唔」の一節が典拠とされています。
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参考文献
- 水野章二「中世の災害」/ 北原糸子編著『日本災害史』吉川弘文館 2006年 146ページ