日本の天皇
陽成天皇

第57代天皇である陽成天皇の生涯、在位中の政治状況、および退位に至る経緯について解説します。
📌 主なポイント
- ✓第57代天皇として876年から884年まで在位した。
- ✓清和天皇の第一皇子であり、母は藤原高子である。
- ✓9歳で即位し、摂政・藤原基経の補佐を受けた。
- ✓退位後も長く生存し、949年に崩御した。
陽成天皇(ようぜいてんのう、869年1月2日 - 949年10月23日)は、平安時代の第57代天皇(在位:876年 - 884年)。諱は貞明(さだあきら)。清和天皇の第一皇子であり、母は藤原良房の娘である藤原高子。

即位と治世
生後まもなく立太子し、貞観18年(876年)11月、9歳で父・清和天皇の譲位を受けて即位した。幼少の天皇であったため、母方の伯父である藤原基経が摂政として政務を補佐した。在位初期は両親や基経の協力体制のもとで政務が行われていたが、元慶4年(880年)に清和上皇が崩御すると、基経との関係に変化が生じたとされる。

退位とその後
元慶7年(883年)8月以降、基経は出仕を拒否するようになり、政治的な緊張が高まった。翌元慶8年(884年)2月、陽成天皇は退位し、光孝天皇が即位した。退位後の天皇は長く存命し、天暦3年(949年)に崩御した。陵所は神楽岡東陵である。
よくある質問
陽成天皇の在位期間はいつですか?
876年12月18日から884年3月4日までです。
陽成天皇の退位の理由は?
摂政である藤原基経との関係悪化などが背景にあると指摘されていますが、詳細は歴史学上の議論が続いています。
陽成天皇の陵墓はどこにありますか?
神楽岡東陵(現在の京都市左京区)にあります。
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清和天皇光孝天皇藤原基経平安時代
参考文献
- 角田文衞「陽成天皇の退位」『王朝の映像-平安時代史の研究』東京堂出版、1970年。
- 河内祥輔「陽成退位の事情」『古代政治史における天皇制の論理』吉川弘文館、1986年。
- 瀧波貞子「陽成天皇廃位の真相」『平安京とその時代』思文閣出版、2009年。
- 『日本三代実録』